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オットが家族写真に思うこと

オットが家族写真に思うこと

自己紹介のエントリーで少しだけ書いた家族写真について思っていること、考えていることをここで詳しく書いておこうと思います。テーマ的に自分語り気味な内容になっている可能性が大いにありますので、興味のない方はブラウザバックでおねがいします。

とてもありがたいことに普段からご家族にご指名を頂き、日々ご家族の記念にと撮影をさせて頂いています。もともとわたしは趣味でストリートスナップを撮っているだけの昨今どこにでもいる写真好きのひとりでした。
世界を変える1枚を撮りたい。
そんな大それたことを思いながら月に数千の写真を撮っていたことを覚えています。それから結婚式スナップをきっかけにプロとして独立することになったのが2016年。これまで1,000件近いご家族や法人のご依頼を頂いてきました。

数多くの撮影をしてきた中で家族写真に特別な思いを抱くようになったのは今にして思えば祖母の死がきっかけだったように思います。四人兄妹の長男だったこともあり、幼い頃から祖父母のお世話になっていたので親同然の存在でした。その祖母が亡くなったとき、わたしと祖母の二人で撮った写真がありませんでした。そしてなによりプロになってからすら祖母をまともに撮った写真もなく、愕然としたのを忘れられずにいます。もちろん家族での集合写真など数枚はありました。しかしフォトグラファーとして写真を生業としているにも関わらず遺影となる祖母の写真を伯父に準備してもらう始末。祖母があまり写真に写りたがらない人だったとはいえ、これほど自分が情けないと思ったことはこれまでの人生で無かったと断言できるほどです。
そんな経験があり「家族写真」というものに対してひとつの願いにも似た思いを抱くようになりました。
たった1枚の写真が誰かの救いになることがある。
そのたった1枚をわたしは持っていませんでした。こんな写真撮らなければよかったと思えば破り捨てるなり、データを削除することで消すことはできます。しかし撮っておけばよかったと思ったところで絶対に撮ることができないことが必ずあります。
写真は記憶の引き出しを開けるための鍵になるものでもあります。たった1枚の写真だけであの頃はああだったな、こうだったなと思い出す経験は誰にでもあるはずです。その誰かの1枚になればと願い、わたしはシャッターを切っています。誰かがとても深い悲しみに迫られ昏い絶望の淵に立っているとき、一縷の望みになるような前を向ける気持ちになるようなそんな誰かにとって優しい光となる写真を撮りたい。

結局写真をはじめた頃と同じで大それた思いに変わりはなく、自分でも呆れてしまいますがそうやって誰かの世界を変える1枚になるようにと願い、今日も家族写真と向き合っています。
ご依頼頂いたご家族の誰かがいつの日か撮影した日を思い出し、その時にどんな風に家族を思っていたのか。幼くてそのときの記憶はないけれど自分はどれほど両親から思われていたのか。普段は意識しない、ありふれて何気ない、でもとても素敵で尊い思いが未来へ伝わるように。

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